a0002721_1226.jpg大きなイヌが好き? 小さなイヌが好き?

 迷うまでもなく、小さいほうが好き。実家の犬も小さいし、自分も小さいから。大きい犬もかわいいけどね。

***************

 実家で飼っているレオ。オス。ヨークシャテリア。→
 かわいいやつである。あたしが何ヶ月かに1回帰ると、喜んでしっぽをぶんぶん振って、顔中なめまくる。

 帰省中のあたしは、友達と会う以外は家でレオとゴロゴロしている。よく散歩に連れて行ってもいる。今や部活だなんだと忙しそうな妹や弟は全然連れて行ってやらないらしい。だからなのか、レオはたまにしかいないあたしにやたら擦り寄ってくる。そのくせ、自分の世界に入っているときに邪魔をすると、キャンキャン吠える。なんだよぉ、気分屋め!

 友達曰く、「大きさも、態度も、飼い主にそっくり(笑)」だって。失礼しちゃうわ!
[PR]
占いなんてと思いつつ…

 やってみちゃった(笑)

 
↓↓↓↓↓結果↓↓↓↓↓
a0002721_8412.gif

 可もなく不可もない様です。それなりのハンドルですね。 
 恋愛運:B 健康運:A 成功運:C 金運:B



 び、び、微妙…。

 ちなみに、役に立たない改名案は…
②ちょっと洒落た洋風に。→ぺペロンチーノsuemaru0420
 絶対洒落てないって!全体運は大吉だけど、恋愛運だけBだし…
④番号付けで呼んでみると…。→suemaru042069号
 大吉なのはいいけど、なんで「69」を付け足すの?なんかやだ!
⑥なにか凄そうな名前を付けると…→凄腕suemaru0420
 おいおい、やっぱり恋愛運だけBだよぅ
⑦親しみやすい呼び方を付けてみよう。→かわいいsuemaru0420
 これいい!好き!大吉だし♪
⑧ちょっとディスカウントショップ風に。→suemaru0420激安中
 小吉…今より良くはなるけど、自分の安売りは良くないぞ!

…というわけで、今日からあたしは「suemaru0420」改め、「かわいいsuemaru0420」で!(笑)え?呼びたくない?いいじゃん、減るもんじゃないし♪
[PR]
 今から14年と5、6時間前、あたしに弟が出来た。つまり、今日は弟の14回目の誕生日である。もちろん、弟の名前は「はる」ではない。でも、生まれる前、弟は確かに「はるちゃん」だった…

 あたしがもうすぐ幼稚園を卒園しようとしていた頃、ママのお腹には赤ちゃんがいた。あたしには既に妹が1人いて、その妹とあたしは自分達の弟か妹になる赤ちゃんを勝手に想像し、画用紙に絵を描きなぐっていた。
 ママは、3人目だし男の子がほしいと思っていたんだとは思うが、お医者さんには「また女の子だと思うよ」と言われていた。超音波写真に男の子らしき特徴を見つけられなかったらしかった。それで、また女の子が生まれるのだと家族は思っていた。そこで、みんなで女の子の名前を考え始めた。
 あたしと妹の名前は、読み方はいいとしても、漢字にすると、男の子と間違えられるような名前だ。へんに「子」とか「美」とか女の子女の子した名前を付けたくない、といううちの親らしい考え方かららしい。しかし、3人目ともなると、最後だろうし…と女の子らしい名前を付けたくなったらしく、このお腹の3人目の赤ちゃんに、「はるちゃん」という呼び名を付けたのだった。あたしはようやく書けるようになり始めた文字で、赤ちゃんを描いた絵に一生懸命「はるちゃん」と書いた。「はるちゃん、はるちゃん」と、ママのお腹に向かって言っていた。…そんな幼い頃の記憶を、ふと思い出した。

 生まれてみれば、「はるちゃん」は男の子で、今では6つ上のあたしの背なんてとっくに追い越し、生意気な中学生になった。今はこんな話しても、多分ちゃんと聞いてくれないんだろう。いつか、あいつが反抗期を終える頃にでも、こんな話してみようかな。
[PR]
変わってる?

 コレを読んでいて、思ったことを。

 あたしもよく「変わった子だ」とか「個性的ね」とか言われるが、それって何が基準なんだろう。普通っていう基準になる人なんているの?いないじゃないか。一体何が「普通」なの?よくわからない。

 だからと言って、「変わっている」と言われるの、まんざら嫌いでもない。だれかと同じ、なんてつまらない。「変わってる」ってことは、あたしはあたしだ、と身を持って示せている証拠だもの。それが、あたしの長所なのかもしれないと思う。

 大人はすぐ「普通」って言葉を口にする。それがいちばん「幸せ」なんだ、って諭す。でも、それで「個性」―あたし自身―が失われてしまうなら、あたしは「普通」になんてなりたくない。そんな「幸せ」ほしくもない。そして、大人にもなりたくない。

…大人になるって、そんなさみしいこと、じゃないよね? 
a0002721_91216.jpg

[PR]
 さてさて、映画の本題からは離れるが、映画館を出た後、友達と1時間近くもセンター街をぐるぐるしながら、あごを痛めるほどあるテーマで爆笑した。それは、「石田ゆり子の白い衣装について」である。

 は?それだけで何をそんなに笑えるのだ?とお思いの方は多かろう。あたしも、友達に言うか言うまいか悩んだ。が、さすがはあたしの数少ない女友達だけのことはある。同じことを疑問に思っていたらしい。

 「あのさぁ、石田ゆり子、白い服ばっか着てたじゃん?でも、よく下着透けないよねー。特に、雨のシーン。」
 「やっぱり、思った?まぁ、夏の設定だし、薄めの色が多いのは仕方ないのかもしれないけど、確かに白多いよね。ベージュの下着なんじゃない?」

 ハタチの娘が2人して、女優の下着がなぜ透けないかというオヤジのような議論を昼間からセンター街でしている…というだけで、おかしな話である。2人ともさっきまで感動して、涙ダラッダラ流していたというのに…。しかし、あたしの方がどうやら上手だったらしい。

 「あれはただの下着じゃないよ、絶対ヌーブラ!!だって、いくらベージュでも、ストラップも柄も外に響いてないのは有り得ないし、カップが下の方過ぎる!」

 …結構な大声で言ってしまった(苦笑)石田ゆり子様、「解夏」関係者の皆様、そしてあたしたちの前後を御通行中だった皆々様、申し訳ございません。変な目で見られました…じゃなくて、変な目で見られるようなこと言ってしまいました…。友達、大爆笑。「するどい観察眼」と言われた。そうです、世のお父さん以上に石田ゆり子の胸元に目を奪われたハタチの娘はあたしでございまーす…って、ちがーう!もちろん、ストーリーを追って素直に涙する感情先行の頭もある。ただ、学校でしている勉強や映画の観過ぎがもたらした冷静な分析用の頭によって、カメラアングルや設定の微妙な不自然さ、特殊効果の用い方…に勝手に目がいってしまって、この発言もこの分析脳のなせる業なのだ!…と無理やり肯定してみたりして(汗)



 それにしても、休みに入ってから、初めて独りじゃない1日だったかもしれない。もちろん、バイトで人と接することはあるけれど、待ち合わせに遅れて「ごめん、ごめん」と謝ったり、こんなどうしようもないネタから笑いが止まらなくなったり、イイ男ウォッチングをするあたしを友達が必死に制したり、ホットドリンクをストローで飲むオバサマを発見してお腹が捩れるほど笑ったり、サルのぬいぐるみをリュックに付けしっぽキーホルダーをぶら下げた男性を後ろから「絶対メガネ!」と決め付けて本当にそうだったことにバカウケしてみたり…笑ってばっかじゃん!そう、あたし、最近全然心から笑っていなかったのだ。久しぶりに、心から泣いて、心から話して、心から笑えた。それだけで、今日1日すごくHAPPYだっ☆☆☆
[PR]
# by suemaru0420 | 2004-02-10 00:27
 今日、女友達と映画を観に行った。今日の一本は「解夏」。ミニシアター大好きなあたしが、ミニシアターだらけの渋谷で、こういう作品を観るのは「踊る大捜査線2」以来だから、かなり久しぶりだ。…とはいえ、普通の人からするとそんな前ではないいように感じるかもね。でも、あたし、月に3~4本劇場で観るので、もう結構前の話になる。

 さてさて、その「解夏」だが、素直に泣けるお話だった。まぁ、涙腺の弱いあたしの基準だけでは、つい先日もTVで「恋は舞い降りた」(邦画:主演=唐沢寿明・江角マキコ)を観て1人号泣したばかりなので参考になるかどうかは微妙だが、隣の友達もななめ前のカップルの彼女サンも泣いていたから、普通の人、特に女の人は泣けるんじゃないだろうか、と。
 主役・大沢たかおがラストシーンですごくさわやかな表情を見せるのだが、そのさわやかさと切なさに、もともとそれほど好きじゃないはずのあたしは一瞬惚れそうになった。その病気に苦しむ恋人を必死に支えようとする石田ゆり子の演じる、強さを併せ持った優しい女性も美しかった。また、大沢たかおの母親役を演じた富司純子の凛とした佇まいも素敵だった。
 ところが、この作中であたしに最も印象に残る言葉を放ったのは、こういったメインキャストではなかった。序盤にワンシーンだけ登場した、柄本明の言葉である。(彼は主人公と同じベーチェット病により、既に視力を失っているという役どころである。)
 
 ―目が見えなくなるということは、闇の中に突き落とされることだと思っていた。…我々は、闇という名の光を見ていたんだ。―

 はっとした。見える者、つまり健常者にとっては闇=無という概念は当たり前のように感じられるが、光があってこそ闇が存在するわけで、失明してしまった人間にとっては闇さえも感じることはできないのだ、と。彼のこの言葉は、闇に落ちるわけではないのだと、主人公にとっては多少なりとも救いの言葉となっているのかもしれないが、あたしにはとても悲しい事実のように感じられる。対を成すものの片方をなくせば、両方とも消えてなくなるのだ、と諭されたような感じがしてならないのだ。ネガティブ過ぎるのかな?
[PR]
# by suemaru0420 | 2004-02-09 23:36
←menu